カテキョの流儀

全力で挑め。目の前から逃げるな。

ふと自分の中学受験を振り返る

みんなご承知ですが

中学受験は全員するものじゃない。
ごく一部の人がするものなの。

いまはカジュアル受験なんて言葉がはやっていて、

友達が受けるから受験

あの子が受けるから受験

なんとなく受験してみようか、なんていう時代。

中学受験は、本来どうあるべきかなんてことはここでは言いません。

 

私の時は、地元の中学が「ほぼヤン=ほぼヤンキー」中学で、もれなくみんな暴走族的な時代でもあったわけですよ。お姉さま方なんか長スカだしね。
ボンタン短ランの時代です。

 

で祖母が「この子はほっといたらあかん」っていうて

中学受験の道に行ったわけです。

 

いろいろありましたよ

 

なんでこんな問題もわからないんだ

基礎力もないと怒られる

最初のころは夜中までの勉強で気が狂いそうになる

遊ぶことができなくなる

休むと怖くなる

友達とは疎遠になる

親とはうまくいかなくなる

褒めてももらえなかった

大人のきつい言葉で心が苦しくなるし

心の悪循環が起きる

 

私はいったい何のために生きてきたんだろう

私はなぜ生きているんだろうか

って思うくらい

苦しくなることがある

それはいまだにあるよ

生徒の苦悩にぶち当たるとさ

私、そういう時どうしていたっけかなって

 

まあ家出しましたけど笑

生徒にも言います

苦しくて、親嫌いになって、何もかも嫌で小6のとき家出したんだよって。

そこまでやれとは言わないけどさ、反抗して後悔するくらいなら勉強やれよって話はしてます。

 

私が家庭教師やると決めたとき

本業にしようって決めるまでは、正直苦しかったです。

 

その結論にたどり着くまでに、
どれだけの痛みを経験してきたかわからないけどね。

 

 中学受験で親と拗れたことを私は自覚してる。

ただ単に親に

「頑張ったね」

「合格おめでとう」

「あんたはすごいじゃん」

「大好きよ」なんて言葉が少しでもあれば

私は心に武装せず

素直になれていたかもしれない。

塾の時にほかのクラスの子が、

母親に

「〇まるちゃん大好きよ、今日も楽しく授業受けてきなさい」

ってハグされてるの見てさ泣いた記憶もある。

 

クラスに入って、いいよねああいうのって話もしていた。

友達の一人は「今更あんなのいらねえよ」って言っていたのを思い出す。

 

親にひかれたレールでもあるし

親が引いてくれたレールでもある。

 

それに乗ったのはさ私なんだよ。

過去を誰かのせいにせず
ちゃんと見つめて
自分の中にしまい込んだ。

 

今までそれは、自分の弱さだと思ってきたけど

そうじゃない。

それをやっと “認識できる”ようになった。 


だからこそ子どもたちにしていることは

 

誰か一人でも頑張ってる姿を受け止めたい。

ただそれだけ。

 

それは、自分が
**「してもらえなかったこと」**を
子どもたちにしているっだけじゃんって思うけど

 

それでいいんだよ

自分が一番ほしかった言葉を
誰かに渡すことができたら。

それでいい。

 

私が死にたいと思ったときに

塾の先生に言われた言葉がある

 

お前は死にたいと思っているだろうけど

お前は本当は頑張ってるよって認めてもらいたいだけだ。

本当は死にたいなんて思ってないだろ。

まだ死にたくないからやってやるって思え。

親に言われっぱなしで

親にすがってないで

自分の足があるんだから

自分の足で立ってもがいて生きて見せろ。

それがお前だ。いっぱいあがけ。

そしたらあがいた分だけ後輩につながるから。」って。

 

生徒たちの未来のどこかが見えたときに
こうやって思い出されるんだよね。

 

あの時、先生が見てくれた
あの一言が救ってくれた
だから今の自分がある

 

とは思っているよ。

 

「私、生きていてよかったんだ」

って少なからずだけど

今の私は思っているから。

 

来月の推薦入試も

一般受験も

頑張ろうぜ

一緒にさ。