ノートにはだいぶ前に配信済み
GW特訓も終わったのでこちらも同じのを。
プロローグを読んでくれてありがとう。
第一章 生まれ落ちる私
私はロシアのハーフの父親と日本人の母の間に生まれ
所謂クオーターという生き物だ。
アメリカのハーフは多かったが、ロシアの血が混じったのは私の地域では少なく、色の白かった私は目立っていた。
父はロシアのハーフ
母方祖母の知り合いの息子で、たまたま出くわし母と恋に落ちた。
祖父母や伯父伯母は全員が反対。
理由は、聞かされている限りは
父が混血であること
髪の毛はまっ茶色、目は青だったこと
売れない俳優であったこと
女がたくさんいたことが主な理由だ。
それでも男女の恋は待ってはくれない。
2人を結婚させてうまくいかなければ諦めて帰ってくるだろうと祖母は思ったそうだ。そうこうしているうちに、母は私を身ごもった。
妊婦生活は聞いた話によると酷いものだったと。
父方の祖父母は酒豪なので、妊婦の母親も日本酒を飲まないと、ご飯を食べさせてもらえなかったり、お風呂にも入れてもらえなったりと結構な環境だったため、祖父母は母を日中は実家で養生させていた。
それでも着実家に帰れば日本酒地獄が待っているので、母の体を心配した真ん中の伯母が父を脅しにかかったそうだ。
「あんたうちの妹を大事にできなかったら殺すからね」という伯母に、
父はへらへらと笑って
「大丈夫ですよぼくが守りますから」と言っていたそうな。
そのせいで父の信用もっと墜落するんだけど。
でいつの間にか産気づいた寒い1月15日
病院に運ばれたものの何人か重なっていたので待たされていた場所で
私はいつの間にかの16:30に
産声を上げた。
不思議なものでいまだに体内記憶もあるし
生まれたときの記憶もある。
小さいときに消えるものらしいんだけど、私は今だにに消えなくて困っているのもまた事実。
生まれた瞬間のこと言えば、まぶしくてなんか周りはワーワー言ってた。
私は早くここから抜け出したくて外に出たっていう感じ。
出てしばらく、黙っていたら看護師さん3人にのぞき込まれてるまでは覚えている。
母曰く看護師が「あらもう生まれている」と言って慌てて処置をし、小さくて声も小さいこと、1か月以上も早く生まれたので保育器へとなったとき、私が大泣きしたことで保育器に行かされないですんだとか言っていたけど、私はあの時の記憶は一人の看護師さんの邪悪な思いが嫌で叫んだだけだった。
祖母たちは私の眼の色が青ではないことに安堵したらしい。
そこなんだなと。
私が、母の兄弟姉妹で初の子供&初孫だったためかそりゃあ初孫フィーバー姪っ子フィーバーが起きていた。
成長していけば目がクリクリ色は白い髪の毛は栗毛で、父がいつの間にか私を赤ちゃんモデルにしていたりしていた。
父曰く「この子は僕に似て世界一いい女になる」
「この子を芸能界に入れたら僕は左うちわです」
とまあ売り飛ばすようなことを言っていたので、母実家大激怒。
私が生まれていた時は、義実家をでて母たちだけで暮らしていたが、
父は毎晩飲み歩いているので母実家の許しは得ず・・・
毎朝4時に祖父が寝ている母の腕から私を実家に連れ出す。
という暴挙に出る。
その話をされたときは「それ誘拐・・・」って思ったものだ。
毎日、祖父が私を抜いていき母の実家に到着をすると、
祖母や伯父や伯母に「かよさんきたでー」って自慢をするらしい。
伯父や伯母も仕事から早く帰ってくるのだ。
伯母たちは百貨店勤めだったが、早番で帰ってくる日は、しこたま社販でブランド物の子供服を買ってくる。
伯父はラジコンを買ってきて祖父に「香代子は女の子や」と言って怒られたというような話を聞いた。
こうやって書いていくと、このときはみんな歓迎はしてくれたんだと思う。
そして母は別居して離婚。
いや、離婚させられたといったことのほうが母には大きいだろう。
毎日私は抜かれるので、父親にはなつかないし。
父方の祖母にも同じ。
笑顔一つ出さない赤子だったので、嫌われていたのは事実。
父は自分たちに笑わない私を見て「この子は女優になれる」とか夢見ていたらしく、伯母の怒りを再度買う。(懲りない父)
笑わなかったのは、その人たちに、ただ単に笑う必要がない
と思ったからです。
のちに私は、中受の時に心を封印して笑うということをしなくなるわけだ。
離婚したときには子だくさんであったけど、
母の実家のおかげで私も母も生きのびることができた。
赤子のたくましく成長し私は衣食住を手に入れ、母の実家で天下無敵張りにその時までは生きていた。
私はその時から
生きるということは
何を意味するのか
幼いながらも考えるのだった。



